JFL・松本山雅がJ昇格条件の4位以内を確保

 先月のアルウィンでの金沢戦を見に行ったときは、どこかあきらめムードというか、「今年は無理だよ」という声が結構スタジアムの中でも聞こえてきていた。しかし、そこから神がかり的といっていいくらいに勝ち続けて絶望的とまで言われていた4位以内を確定させた。
 昇格確定させた試合も、勝った上で他チームの結果次第という、相当追い込まれた状況だった。しかし、結果は最高のものがもたらされた。
 1試合見ただけだけど、戦力的に同格か上のチームに対して強いサッカーだと感じた。カウンターがいい。山雅と同時に町田が昇格できそうなのもちょっと嬉しい。監督・ポポヴィッチFC東京にいってしまいそうだけど、あの人は元大分だから、やはり他のチームとは少し違う目で見る。
 松本山雅も町田もJ入りする以上、ここから選手の入れ替わりが絶対にあるはず。これまで貢献してくれた選手に対してサポーターは色々感じることはあるだろうし、辛いだろうけれど、選手以上にその集合体としてのクラブやチームを応援できれば、選手がどんなに入れ替わっても大丈夫だと思う。
 町田の試合は見ていないので山雅について印象に残っていることといえば、とにかくスタジアムの雰囲気がいいということ。アウェー側にとってはたまらないだろうけどw スタンドが一体となっている感じ。要するに、「やっぱり球技専用はいいな!」ってこと。
 松本の街が良い感じなので、スタジアムが市街地からかなり離れているのが少し残念ではあるけど、そんなことは大分市民・トリニータサポーターとしては慣れたもの(笑)
 もっと残念なのは芝(ry ちょっと管理の行き届いた公園の芝生という感じだった。
 来年は最高の芝に変わっていることを願うばかりです。

セカンドチームの存在意義

 JFL所属のジェフ・リザーブズ(以下、ジェフリザ)が今季限りで解散することになった。ジェフリザといえば日本におけるセカンドチームのはしりで、そのチームが解散するということは、セカンドチームの存在意義を問われるくらい大きなことではないかと思う。シーズン中のトップチームとの選手入れ替えが無くなって以降は、一般のサッカーファンにはその活動について見えにくくなっていた面がある。
 海外でセカンドチームといえば数えきれないほど存在しているが、日本ではジェフリザ以外にはファジアーノネクスネクスファジ)と、徳島ヴォルティス・セカンド愛媛FCしまなみ(以前からあったしまなみFCというアマチュアチームを愛媛FCが傘下に入れセカンドチームとして引き継いだ)の3つしか無い(浦和と岐阜もそれらしきものは持ってはいるが、お世辞にも機能しているとは言えない)。
 日本では中小クラブがセカンドチームを持っているものの(千葉を含め)、ビッグクラブといわれるような大きなクラブには一切セカンドチームが存在していないのが現状だ。これら3つはできて年数の浅い新参で、いずれもカテゴリーは地域リーグ。「成功か失敗か」を判断するにはまだ早いだろうが、現時点でも順調とは言えないと思う。
 日本ではセカンドチームという文化は成立しないのだろうか・・・。そういう意味でジェフリザには期待していたのだが。

「心にぽっかり穴が空いた」とはまさにこういうことを言うのだろう

松田直樹選手が亡くなった。34歳、早すぎる。自分と10歳も違わないのに‥‥。
サッカー好きとはいえない人や、応援している以外のチームに全く詳しくない人でも知っている、そんな選手だった。
ひとくせあるけど、そんなところも含めて敵味方関係なしに、みんなに愛されていた。
それだけに、日本サッカー界は大きなものを失ったといえると思う。
亡くなった時から、「松田直樹2世」と呼ばれるにふさわしい選手を育てることが、日本サッカーの使命のひとつになった。
それこそが松田選手のためでもあり、哀しむ周りの人たちやサッカーファンのためになるんじゃないだろうか。
松田選手のような、サッカー愛に溢れ、気持ちを全面に出す、そしてもちろん実力がある。そういう選手を育てていかなければいけないと思う。

大した金額ではないけれど

 ブコメにもありますが、事実、大分県では半ば義務になってる。これについて免許証交付の時の自分の体験を−。
 自動車学校をクリアし、最終段階。免許センターでいろいろやることも終わり、いよいよ!という時。大部屋に長机と椅子があって全員で警察の人の”ありがたいお話”などを聞き、最後に免許証交付の時がやってきた。大部屋の隣ドア一つで繋がっている小さい部屋に、5人ずつくらい順番に呼ばれる。その時、「交通安全協会費があるので◯◯◯◯円、お金を持ってきてください。なお、協会費を払うかどうかは、任意です。」と事前に説明を受ける。
 そしてやっと自分の番がきた。もちろんお金なんて持って行かずに免許証だけもらいにとなりの小部屋へ。。すると免許証を渡す担当の一人のベテラン婦警が「払っていただけない!?」とふざけたことを言う。「何あんた、ふざけてんの?」と言わんばかりの勢いで。「任意でしょう?払いませんよ」と言うと何も言わず免許証くれた。
 実際は笑わ払わないことによる不利益なんて何も無いし、払わなくて良いんだけど、これでは、協会費献上と引換に免許証渡されるシステムと言われても仕方ないんじゃないか。ちょっと意思が弱かったり、交通安全協会がなにか良く分からない、名前も聞いたことがないという人なら、払わないと免許証渡してくれないんじゃないか?と不安になってもおかしくないのじゃないか?進路決まって18歳になってる高校3年生とかだったら、なおさら断れないだろうな・・・。

 更新の時も交付の時ほどではないけど、ちょっと義務的な感じがある。
 郵送されてくる更新のお知らせハガキに受付から講習受けるまでの順路がごていねいに「(1)→(2)→(3)→(4)」というように番号まで打って、分かりやすく書かれている。
 ここまでは良いが、問題はここから。その途中、絶対に通過する場所に協会費受付を設けてやがる。あれじゃあ、本当は払いたくなくても払ってしまうのを狙ってるとしか思えない。

それでもボクは払っていない。

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【おまけ】大分は、数年前にできた免許センターが無駄に豪華。

これで、二万人も集まらなかったら洒落にならんで!


★チケット代は県や市が全部出す。
大分市民は、これまでのような往復はがきの応募は不要。当日、受付にて、大分市に住所があることを証明すればOK(運転免許証を提示するなど)。
大分市民以外の大分県民は、往復はがきで事前応募が必要。

 3万人ってキツそうだけど、せめて2万◯千人は集まらないと、今後こういうことをしても集まらないんじゃないかと、FCが消極的になりそう・・・。箱がでかいと客が減ったときにすご〜く見栄えが悪い。
 サッカーの現地観戦は場の雰囲気が最大の魅力だったりするから(サッカーそのものの見やすさはスタジアムや席種によるから)、いい雰囲気を醸成するには、とにかく客席の収容率が高いほうがいい。去年、今年とそのへんがかなりなくなってる。
 大分FC!本気で3万人集めたいなら、もっと早くから計画立ててPRしろよ!

「30日」まとめ

1431年5月30日 - 百年戦争: ジャンヌ・ダルクがイギリス軍により火刑
1629年7月30日 - イタリア・ナポリ地震。1万人が死亡
1703年1月30日(元禄15年12月14日)- 大石良雄ら旧赤穂藩士47人が吉良義央邸に討ち入り(元禄赤穂事件)。
1882年6月30日 - 米大統領ジェームズ・ガーフィールドを暗殺したチャールズ・J・ギトウ (en:Charles J. Guiteau) が絞首刑に処せられる。
1903年12月30日 - シカゴ・イロコイ劇場火災(英語)。避難時の混乱により死者602人・負傷者250人の大惨事となる。
1908年4月30日 - 日本海軍の巡洋艦「松島」が寄港地の馬公で爆沈、207名の死者を出す。
1908年6月30日 - シベリアでツングースカ大爆発が起こる。
1912年7月30日 - 明治天皇が死去し、大正天皇践祚。同日、元号を明治から大正に改元
1916年7月30日 - 米ニュージャージー州ジャージーシティでブラック・トム大爆発おこる。
1917年9月30日 - 関東大水害。台風通過と高潮の時間が重なり、東京湾一帯の住宅街が水没。溺死者500人以上。
1933年1月30日 - ドイツでヒンデンブルク大統領がヒトラーを首相に指名。
1934年6月30日 - 長いナイフの夜事件(レーム事件)。ヒトラーが突撃隊幹部などの政敵を粛清
1945年4月30日 - 前日結婚したアドルフ・ヒトラーエヴァ・ブラウン自殺
1945年6月30日 - 花岡事件秋田県の花岡鉱山で中国人労働者800人が蜂起し、日本人補導員4人などを殺害
1945年7月30日 - 第二次世界大戦: 日本の伊号第五八潜水艦が、アメリカの巡洋艦インディアナポリス(原爆輸送の帰路)を撃沈。乗員883人が死亡。
1948年1月30日 - マハトマ・ガンディーがヒンドゥー至上主義者によって暗殺される。
1949年6月30日 - 平事件。福島県平市(現在のいわき市)で日本共産党の宣伝用掲示板の設置許可の取消しをめぐり、共産党員と平市警察が衝突。
1950年5月30日 - 人民広場事件。皇居前広場日本共産党支持者によるデモ隊と占領軍が衝突。
1954年11月30日 - ホッジス隕石がアメリカ合衆国アラバマ州落下
1956年6月30日 - グランドキャニオン空中衝突事故。
1959年6月30日 - 宮森小学校米軍機墜落事故。米軍嘉手納空軍基地を離陸したF100D戦闘機が石川市宮森小学校に墜落、給食準備中の児童ら17人が死亡。
1971年6月30日 - ソ連ソユーズ11号が帰還時の事故で宇宙飛行士3名死亡。
1971年7月30日 - 岩手県雫石町上空で全日空機と自衛隊機が空中衝突。162人が死亡(全日空機雫石衝突事故)。
1972年5月30日 - 日本赤軍がテルアビブのロッド空港で銃乱射(テルアビブ空港乱射事件)。犯人2人を含む26人死亡
1974年8月30日 - 三菱重工爆破事件。8人死亡、376人負傷。
1979年1月30日 - ヴァリグ・ブラジル航空機遭難事故
1988年5月30日 - 全日本空輸ボーイング737-200型機が、下地島空港で操縦ミスによる離陸失敗事故を起こした(全日空訓練機下地島離陸失敗事故)。
1988年 - 神戸市の太陽神戸銀行須磨支店前に停車していた現金輸送車が乗り逃げされ、3億2250万円が持ち去られる。
1992年7月30日 - トランスワールド航空843便大破事故。
1994年4月30日 - ローランド・ラッツェンバーガーがF1サンマリノGP予選で事故死
2000年 - 世田谷一家殺害事件発生。
2009年6月30日 - イエメニア626便墜落事故。
2009年9月30日 - スマトラ島沖地震が発生。

飛行機事故多すぎ

東日本大震災から1ヶ月

 震災が起きてからというもの、テレビをつけると毎日のように地震速報や原発の現状の報道ばかりでうんざりという声がある。これは今回の震災の被害とは無縁の地域の人にとっては、仕方ないことなのかもしれない。
 しかし、その一方で、テレビを見たくても見られない人たちが、震災から1ヶ月が経つ今もまだたくさんいることを忘れてはならない。建物の倒壊や、津波に巻き込まれずに一家揃って自宅で生活している人たちですら、そういった状況にある。ろうそくの明かりで団らんをし、囲むのは携帯ラジオ・・・・そんな光景がまだたくさんあるのが、被災地の現状。
 豊かさでは日本に劣る台湾からの義援金が100億円を超えるなど、各国から支援が集まっている。そんな中で日本に住む人間として、何の震災の被害も受けていない九州民として何もしないわけにはいかない。
 第一弾としては義援金。また何かできないかと考え中。
 買いだめするほど金があるなら、被災地へ福沢諭吉何人分かの義援金を送るべきだと思う。